慈龍の覚書

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zoom RSS スピリチュアル系に関して

<<   作成日時 : 2007/03/12 23:38   >>

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 最近テレビや新聞等でスピリチュアル系のものに対する批判を良く見聞きするようになった。
 俗に言うインテリ層であったり、既成の伝統的宗教宗派だったり・・・特に識者めいた知識人と言われるようなタイプが多いようだ。霊感商法等のきっかけになったりする(ほとんど関係ないだろうと私は思うが。)と言う人までもいる。
 しかし、
 「ほっとけよ!」と突っ込みたくなる。
 テレビであれ印刷物であれもっといい加減で妖しげなものは政治であれ事件であれ他に沢山あるだろうにと思う。
 下手な芸人や内輪ネタのようなショウもない番組だらけの中で霊的なことを発言する番組や出版物があっても何が悪いのだろう。どうしてスピリチュアル系だけを狙い撃ちするのだろうか。
 その昔、「大霊界」という映画が出たときは知識人は鼻先で笑いこそはすれ、ほとんど相手にしていなかった。
 今はちょっと本物系が出てきて知識人もちょっと困り、慌てているような気がする。知識の権威が脅かされるからだろう。
 識者にとってはそれは嫌なことらしいが、単なる嫉妬やそいう宗教的権威に対する恐れからああいう発言が出てきているように思うのだがどうだろう。
 色んな人間がいて良いと思う。
 知識というもの、科学というものも確かなもののように見えて実はとても妖しげで不安定なものである。それは歴史を少し勉強すれば判るはずである。
そのことを識者と言われる方々にはもっと自覚して欲しいと思う。
 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
始めまして、MiStと申します。
この記事に非常に共感しましたので、僭越ながらコメントさせて頂きます。

私は、科学とは人間の認識についての記述であり、それ以外の何でもないと考えています。ですから、科学は人間の認識の変化とともにドラスティックに書き換わっていくのでしょう。
(今の化学は錬金術から発展したものですしね。Alchemy->Chemistry)
ですが、一部の知識人達はどうやら、その"人間の認識についての記述"を絶対化しており、そのお陰で逆に認識についての記述に認識が縛られると云う奇妙なことになっている気がします。
科学とは人間の認識の記述であるのに、その人間の認識自体が科学によって縛られてしまったならば、科学は発展を止めてしまうでしょう。そう思う今日この頃です。

長文失礼致しました。
MiSt
2007/08/07 22:20
MiSt様 コメント有り難うございます。長らくパソコンと疎遠になりブログを休止していておりました。
折角うれしいコメントをしていただきながらの無礼、失礼を深くお詫び申し上げます。
これに懲りずまたたまに覗いてみて下さい。
現代の科学には今ひとつロマンスが感じられないですよね。何でも色っぽさがないと魅力が大分失せてしまいます。しぶい、わびさびの科学なんてあったら面白いのにと思ったりします。
それでは御礼とお詫びにかえて。
慈龍
2007/12/05 23:19

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